第6話 Black Axiom


途中から真っ二つに分断され崩れ落ちたハイウェイ。
零彗は人気のないその突端にバイクを止め、夜の街を眺めていた。
東京大事変から七年、やっと回復し始めたエリアに行き交う車のライトがビルの谷間を流れて行く。
それを制御するシグナルはめまぐるしく切り替わり、夜が更けても消えることはない。
ちらつき始めた雪の向こうで滲んだ光は奔流となって渦を巻く。
「うっとうしい光だ」
零彗の傍らでルシフェルが不機嫌そうに言い放つ。
「人間どもの悪足掻きほど馬鹿馬鹿しいものはないな」
「気にするなよルシフェル。あんなちっぽけな光より、お前の方が何倍も輝いてる」
「魔王を口説くにはふさわしくない言葉だ」
腰に手を回して引き寄せようとした零彗を冷たい視線で一瞥し、ルシフェルはその腕から逃れ宙に浮かんだ。
「不細工な鳥籠に閉じ込められてなお、自由なつもりでいるのだからおめでたいことだ」
ルシフェルは忌々しげに零彗をにらみつける。
「貴様もだ、零彗。そのにやついた顔、何を浮ついている」
「俺はいつでも真面目だぜルシフェル。お前に関係することにはな」
「ふん、戯れ言を」
「マジだぜ」
零彗はルシフェルに向き直るとその手を取って口づけた。
「何十年過ぎようが俺が死ぬまで、たとえ、死んでも……いや、違うな」
「……」
零彗を見下ろしながら、ルシフェルは深遠な笑みを浮かべた。
有限の命を定められている存在が、次に続ける言葉がどんなものかを期待して。
「俺は死なない。お前への愛で黒に染まった俺は、命の鎖から解き放たれているからな」
「くく……くはははは! まさに戯れ言だな! 本気でそう思っているのか!?」
こらえきれず声をあげて笑い出したルシフェルに、今度は零彗が不敵な笑みを返す。
「ああ、本気だ」
「くくく……よかろう。その意思がいつまで続くか、楽しみだ」
「ああ、楽しませてやるぜ」
零彗はルシフェルを引き寄せ、その滑らかな身体を両腕で抱く。
ルシフェルは零彗の頬を挑発するようになぞり、零彗はそれに応えて唇を重ねた。

――その時。
空き缶の転がる乾いた金属音が、静かな空間に響き渡った。
「――ッ」
「ん?」
小さく息をのむ音に、零彗が顔を上げる。
長く伸びる影を辿ると、その先に自分の体を抱いて震える紅花の姿があった。
「よう」
零彗はさして驚いた様子もなく、ルシフェルを抱えたまま声をかける。
対して紅花は身動き一つしない。
「ここからの眺めは悪くないな。おまえもこの場所がお気に入りなのか?」
「……」
「あいにく、今夜は俺達が先約だ」
「……」
「まあ、どけっていうなら考えるけどよ」
「…………」
「……なんか言えって」
呆れたような言葉に、紅花はびくりと大きく震える。
零彗はようやくルシフェルを解放し、ため息をついた。
「だんまりじゃわかんねえって」
「……ごめんなさい、私、そんなつもりじゃ……っ!」
何を謝っているのか解らない、そう零彗が言おうとした瞬間、紅花は何かに気づいたかのようにはっとした。
「……っ!」
おびえた兎のようにその身を翻し闇の中へ走り去る。
二度と振り返る事もなく、何かから逃げるように。

「……何だ、あれは」
ルシフェルの声色には再び不機嫌さが戻ってきていた。
零彗は苦笑しながら首を振る。
「自分の心に囚われちまった哀れなプリンセスさ。全てを受け入れてみりゃいいのに」
「ずいぶん親しそうではないか」
「知らない奴じゃない。お互いに道が交わることはなさそうだがな。……嫉妬したか?」
「うぬぼれるなよ、小僧」
「俺が見つめているのはお前だけだ。魔王ルシフェル」
零彗はルシフェルの肩にうっすらと積もった雪を払い、再び唇を重ねる。
寒さなど感じないかのように溶け合うふたつの影に、雪は舞い降りたそばから消えていった。


text:土上椎