第4話 天使達の休息
教立ステラ学園生徒会室。
普段は比較的静かなその場所も今日だけは華やいだ空気に包まれていた。
「くぅ~ッ! いよいよ明日かッ。楽しみだよなぁ~」
そう言って笑いながら最後の椅子を下ろした明日真に、蒼矢はいらだたしげな表情を向けた。
「お前は少しじっとしてろ! 並べ直す方が手間だ!」
乱雑に配置された椅子を几帳面に整列させている蒼矢など意に介さず、明日真は満足げに手をはたく。
「次は何だ? 看板か?」
「そんなものはない。学園祭じゃあるまいし。まったく、毎年恒例とはいえ、この浮かれた行事に何の意味があるんだ……」
「うまい飯を食うっていう意味だな!」
「お前は少し黙れ」
明日真の言葉を蒼矢が一蹴したその時、生徒会室の扉が遠慮がちに叩かれた。
「おう! 入ってるぜ!」
「あ、失礼します……!」
ガラガラと開けられた扉の向こうには、
「……誰だ?」
溢れんばかりに何かが詰め込まれた大きな箱を抱えて小さな人影が二人佇んでいた。
「あ、あの、帷です……!」
「皇にぃなです、準備のお手伝いにきました」
やってきたのはステラ学園中等部の生徒である乃亜とにぃなだった。
いつの頃からか教立ステラ学園では年の瀬が近づくと有志が集まって生徒会室でささやかなパーティーが開かれる。
その有志には中等部からでも参加可能であり、にぃなは中等部一年から欠かさず手伝っている。
今年は乃亜も一緒に参加することになったようだ。
「ご苦労ご苦労ー!」
明日真が二人が抱えてきた箱を受け取り、軽々と持ち上げてどかんとテーブルの上に置く。
衝撃で中身がいくつかテーブルの上に転がり落ちた。
「丁寧に扱え、壊れ物が入っていたらどうする」
「で、これどうすりゃいいんだ?」
「あ、あの……」
蒼矢の抗議は聞く耳持たず、明日真は色とりどりのオーナメントを手に取る。
箱から飾りのついたモールをずるずると引っ張り出すその姿に、乃亜は少し慌てた。
「飾りつけは私達がやります、明日真さんと蒼矢さんは休んでいてください」
にぃながそう言って明日真の手からモールをそっと受け取り、乃亜に向けてにっこり微笑んだ。
「くぅう~、今から腹が減ってくるぜ。去年のメシもうまかったもんなぁ~!」
「自重しろ、去年も一人で馬鹿みたいに食べてひんしゅくを買ったのは誰だ」
「いっそブタ一匹丸々とかどうよ、俺と師匠の炎でこんがり焼いてやるぜえ!」
「我らが力をそんな物に使うでないわ、この馬鹿弟子が!」
明日真の背後に唐突に現れたウリエルが、その鋼の拳で明日真の頭を殴りつけた。
余りに鈍い音が響き、乃亜は思わず手にしていた飾りを落としそうになった。
「い、痛そう……」
「なんだよ師匠! 師匠はブタの丸焼き食いたくないのかよ!?」
「そういう問題ではないわ! 今一度殴られたいかッ!」
「ちくしょう、絶対にうめーと思うんだけどなぁ……!」
頭を押さえて自分のブライドに抗議する明日真を見やりながら、蒼矢は知らず後退っていた。
「……丸焼き、だと?」
「ぷいきゅ……?」
背後で小さく聞こえた鳴き声に蒼矢は慌てて振り返る。
見ればラファエルがつぶらな瞳をうるませて、蒼矢を見上げていた。
「ば、馬鹿! 出てくるな! 隠れていろ!」
蒼矢は慌てて部屋の片隅にラファエルを引きずり込む。
「ぷぷぷ……ぷぃ、ぷぷぅぷ?」
かぼそい、怯えたような鳴き声。明日真の言葉におののいているらしい。
「落ち着けラファエル、ブタとはお前のことではない! 私のブライドがブタな訳ないだろう! 丸焼きなどもっての他だ!」
「ぷぃ! ぷぷぷ、ぷぃっぷー!」
「隠れろと、言っているだろうがー!」
感極まって飛びついてきたラファエルの頭を必死に押さえる。
「何やってんだ蒼矢?」
「何でもない! この食い意地馬鹿が!」
「なんでキレてんだよ!?」
「知るか!」
「あ、あのー…………」
にぃなと2人で生徒会室をきらびやかに飾りつけていた乃亜が、おずおずと二人に割って入った。
「終わりました、けど……」
「お! ありがとな!」
「今日はお兄様はいらっしゃらないんですか?」
にぃなが室内を見回しながら言うと、蒼矢は不機嫌そうに腕を組んだ。
「用事があるとかで出ていったぞ」
「そうですか……」
「明日は普通にいると思うぜ! あいつもメシ食いたいだろうからな!」
「そう、ですね」
「えっと、じゃあ僕達これで失礼します」
「おう、また明日なー!」
明日真の陽気な大声に見送られて乃亜とにぃなは静かに扉を閉める。
室内の喧噪は重厚な扉に遮られて途端に静寂が二人と包み込む。静かな廊下に軽い二つの足音だけがやけに響く。
しばらく無言で歩いていたが、乃亜は思い切ってにぃなに顔を向けた。
「に、にぃなちゃん、大丈夫?」
「え?」
「なんかその、ちょっと元気がないように見えたから……」
「そんな事、ないですよ?」
「そう? それならいいんだけど……明日、楽しみだね」
にぃなは何も言わず微笑んでうなずいた。
と、二人の背後にガブリエルがふわりと姿を現した。
「坊や、あなたは未来の生徒会長を目指すのですよ」
「え!? お母さん、急に何!?」
「そのためにも、明日は生徒会長とゆっくりお話しなさい」
「よ、よくわかんないけど、うん……がんばる」
「乃亜君、それじゃあここで。ごきげんよう」
ガブリエルとの会話に気をとられていた乃亜は、いつの間にか校門までたどり着いていたことにようやく気づく。
終わる時間がわからなかったせいなのか、今日はにぃなの迎えの車は来ていないらしい。
優雅に長い髪を翻して去って行く。
「あ……うん! また明日ね!」
乃亜はその後姿をしばらく見つめていたが、あまりの肌寒さに身を震わせるとにぃなとは反対側へとぼとぼと歩き始めた。
「……送って行くよって言えば良かったかなぁ……」
「お嬢様、お寒くありませんか」
乃亜と別れて少し後、にぃなの傍らに現れたザドキエルが声をかけた。
「少し寒いですけど、平気です」
「ではお戻りになりましたらスコーンを焼いてティータイムにいたしましょう」
「ありがとうございます、ザドキエルさん」
雪を踏む音だけが単調に鳴る。
ここ数日、まともに会話をしていない兄を思い出しながら、にぃなは灰色の空を見上げた。
明日なら、生徒会室で少しくらい話せるだろうか。
「……ザドキエルさん」
「なんでしょう」
空の色はまだ重い。明日もきっと寒いだろう。料理以外に自分ができることはなんだろう。兄と生徒会の人たちの為に。
「帰ったら、美味しいお茶のいれ方、教えてください」
「……喜んで、お嬢様」
恭しく頭を下げるザドキエルに、にぃなはにっこりと微笑んだ。
text:土上椎
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