第2話 世にも奇妙な晩餐会


暗い路地裏に、骨を砕く音が響く。
ゴリゴリ、ゴリゴリと絶え間なく、合間には獣の荒い息遣いが混じる。
「トリニク、オイシイ。ニク、タクサン、アルワン」
嬉しそうに肉の塊に齧りついているぺこ丸。口からはみ出した部分には紙の飾りがついたままだ。
崩れたブロック塀の上で羽づくろいをしていたサタンは、呆れたと言わんばかりにため息をついた。
「……犬よ、浅ましいぞ」
「ペコ、オナカスイテル。ニク、オイシイ。モッタイナイワン」
「人間どもが捨て置いたゴミであろうが」
「ニンゲン、トリニクキライ?」
なぜか、今日はあちらこちらにフライドチキンが落ちている。ほとんどは食べかけの残骸だったりするのだが、どういう訳かほとんど手付かずのまま放置されている物に巡り会うこともあった。
サタンにはその理由がなんとなくわかるが、だからこそ忌々しい。
しかしどんな理由であれ、いつも腹を減らしているぺこ丸にとってフライドチキンはごちそうである。それがスパイスを効かせたカリカリの衣つきでも、腹に詰め物をされた七面鳥でも等しく齧りついてはご満悦である。
サタンの苛立ちにも気づかず、更なるごちそうを求めて街中を走り回る。
「ガウ?」
路上に落ちている見慣れないものにぺこ丸は足を止める。瀟酒な模様の描かれた紙の箱だ。早速鼻先を突っ込んで漁り始めるぺこ丸を電線の上から見下ろして、サタンは密かに舌打ちした。千切れそうなほど尻尾を振りながらぺこ丸が嬉しそうな声をあげた。
「ワフッ!」
「今度は何だ、豚か? 牛か? いっそ玉ネギでも喰ってしまえ!」
「ケーキ! アマイニオイ、ウットリダワン!」
大義そうに地面に舞い降りたサタンが見やると、紙箱の中には手つかずのケーキがいくつか残されていたようだ。
「ち、くだらんな――」
「クダモノイッパイ! ブドウモアルワン!」
「……葡萄?」
「サタン、ブドウタベル?」
「…………」
ひしゃげた紙箱からは確かに紫色の丸い果実がのぞいている。大粒の葡萄が焼き菓子の上に飾り付けられているらしい。
それも割りとぎっしりと。
「……人間どもめ、葡萄を捨ておくなどなんと勿体無い事を……これはなかなかの上物ではないか……!」
「ワン! ニンゲン、ペコタチコワイ。コレ、"ささげもの"ワン!」
「なるほどな。賢いぞ犬。ならば愚行も許してやろう!」
サタンはとたんに上機嫌になり、ケーキの箱を器用に脚でつかむと手近な路地に運び込んだ。
ぺこ丸もそれを追いながら新たなごちそうを見つけ、人影のない暗がりでサタンと共に貪り始めた。

「あはははっ! こんばんわー、わんちゃん、ちーちゃん!」
「コンバンワーコンバンワー♪」
ケーキとフライドチキンで腹を膨らませている二人の前に、巨大な影が差した。
「こんばんわーではないわ。我らの宴を邪魔をするでない」
狭い路地いっぱいに現れたのは丸く膨らんだ風船のようなレヴィアタンとそれにちょこんと腰かけたしふぉんだった。
二人とも赤い三角帽子をかぶっているが、レヴィアタンに合うサイズはなかったらしい。限界ぎりぎりまで伸びている。
「ふん、気狂いピエロと子供ではないか。娘よ、我輩のことは冥王サタン様と呼べ」
「やだー、ちーちゃんだよ!」
「ぐぬぅう……ッ」
サタンは思わず怒りだしそうになるのを堪え、葡萄をついばむ作業に戻る。
「ふたりともおいしそうだねっ」
「オイシソーウ、オイシソーウ」
足をパタパタとさせながら、しふぉんはその食事風景をのぞき込む。
「タベルワン? トリニク、イッパイアル。スコシダケナラ、アゲルワン」
「ん~、いーらないっ!」
「当然だ、そのような無礼な輩にくれてやるものなど――」
「だってそれ、ゴミだもーん!」
「ぬぐうっ!」
当たり前といえば当たり前なのだが、その事実を見ないようにしていたサタンに、その無邪気な言葉は痛烈に刺さった。
「わんちゃんやちーちゃんはいいけど、しふぉんはそんなの食べないよー!」
「ゴミーゴミー♪」
「オイシイワン、ダイジョウブダワン。デモ、イラナイナラ、ペコタベル」
「うんうん、わんちゃんとちーちゃんでどーぞー!」
きゃはははは、と笑いながらしふぉんはどこから手に入れたのかわからない大きな棒つきキャンディーを舐めている。
なんだかんだでケーキを綺麗に完食してしまったサタンは、げんなりしてぺこ丸の頭の上に乗る。
「サタン? ドウシタワン?」
そんなサタンにぺこ丸は口を動かすのをやめずに聞いた。
「なんでもないわ……」
むすっとしながら羽根の下にくちばしを突っ込む。
しふぉんがまだ声をあげて笑っている気がしたが、無視することにした。


text:土上椎