第1話 Holy night breakers


攻撃的な激しく切り替わる光、熱狂する人々の声。
二つの熱はあい混じり、その空間の温度を上昇させる。
「なんだいテメェら、こんな冬のクソ寒い日にこんなクセェ場所で騒ぐしかやることが無いのかい!?」
ステージの上から罵倒の言葉を叫ぶイヴに、観客達は言葉にならない声と全身で応える。
「は! サビシイ奴ばかりだねぇ!」
ギターが掻き鳴らされる、ドラムが鳴り響く、狂ったような歓声と突き上げられる拳。
「そんなにアタシに蹴られたいのかい!」
轟音にも似たレスポンスにイヴは満足げに目を細めた。
「しょうもねえ奴らだねえ! もっともっと熱くさせてやるよ!」
観客を見下ろしマイクスタンドを握り締めるイヴの一挙一動に、客席のあちこちから哀願するような声があがる。
「アタシが気に入ったヤツはお望み通り蹴り飛ばしてやるよ! 存分にぶっ飛びな!」
「あ、アハァン、イヴ様ぁ~! まずはあっしを蹴ってぇえええん!!」
イヴが一歩踏み出すと同時にその足元に滑り込んだベルゼブブは、次の瞬間容赦なくその尻を踏みつけられていた。
「アヒぃッ! た、たまんねえっすー!」
「チッ、いきなり出てきて何してやがるこの薄汚いハエが!」
恍惚の表情を浮かべる悪魔にイヴはヒールに全体重をかけギリギリと踏みにじった。
「あぁん、もっと、もっとぉー!」
ますます嬌声を上げるベルゼブブに観客達はブーイングを飛ばし、我も我もと言わんばかりにステージへと人の波が押し寄せた。
「慌てるんじゃないよ! ご褒美が欲しけりゃアタシについてきて見せな!」
ベルゼブブを踏みつけたままイヴがマイクを握り直し、まばゆい光の点滅と共にギターとドラムの音量が上がる。
イヴは激しい音楽に乗せながら、"信者"達に向けて洗礼のシャウトを浴びせその脳を揺さぶった。

「チッ、相変わらずクッセェ連中だぜ」
狂乱のライブが終わった後、バックステージの狭い空間でダスクはそう吐き捨て、乱雑に並ぶイスにどっかりと腰を下ろした。
ドーンは無言のまま腕を組んでイスに座り深く息をつく。裸の上半身にまとった熱気が湯気となり、暗い控え室に漂った。
「あぁあああぁアナタあぁああ、お疲れさまぁアアァ」
ダスクの背後にふらりと現れたアスタロトがダスクの汗ばんだ体をそっと抱きしめる。
「今日もォオオ素敵ィイイイだったァああああ」
「ウルせえ!」
すがるアスタロトを引き剥がし突き飛ばすと、ダスクはイスを蹴り飛ばしながらだらしなくふんぞり返る。
「テメェ、今日何回勝手に飛びやがった?」
「あ、アァああああ!?」
「オレが知らねえとでも思ってんのかァ!? オレの許可無く飛ぶんじゃねえって言ってんだろうがァ!」
「ご、ごめんなさいィい! アナタがぁあああんまり素敵でぇエえ!」
許しを請うアスタロトの襟首をつかみ強引に引っ張りあげた。
アスタロトは瞳に恐怖を湛えながらも、どこか恍惚とした表情でその行為に甘んじる。
そこにベルゼブブの首輪に繋いだ鎖を引き、不敵な笑みを浮かべながらイヴが現れた。
「まだまだ元気だねえオマエ」
イヴの声はダスクには届いていないようで、何かが爆発したようにアスタロトに向けて罵倒の言葉を浴びせている。
「ステージも暑苦しかったけどここも変わりゃしねえ」
ステージと同様の悪態をつきながらもどうやら女王様は上機嫌なようである。
そのイヴにドーンは無言でイスを勧め、脱ぎ捨てていたシャツを羽織る。
「どこか行くのかい」
「定期巡回の任務に」
大きな鏡の前でネクタイをきっちり結び直し、イヴに向き直ったドーンを、アスタロトに飽きたダスクが鼻で笑った。
「馬鹿正直にご苦労なこった、誰かパシらせりゃ済むだろうがよォ」
「スラムの住人が多く移動してる頃だ、警戒はいつも以上にすべきだろう」
イヴのライブに訪れるのは当然のごとくスラム街の住人がほとんどだ。
レギオンに反抗している者達も多く、執行部が現れれば衝突は避けられない。
「せっかくだからそいつでも被っていったらどうだい。ガキどもに人気が出るかもしれないよ! ハハハ!」
イヴは堅物な部下を揶揄するように、部屋の片隅に打ち捨てられている赤い三角帽子を示した。
ドーンはおもむろに帽子に手を伸ばし、
「……ふむ」
「あ?」
「お?」
それを頭に乗せるとそのまま扉へ歩み寄る。
「……そりゃねえぜ相棒よォ!」
一瞬遅れて弾けるようなダスクの狂笑が追いかけてきたが、ドーンはそのまま外へ出て行った。

無意味な喧騒に満ちた街をドーンは一人歩く。
路地脇にいた浮浪者が、不思議な巨漢を見上げて眼を丸くしていた。
「……念の為聞くが、似合うと思っているのか? エェ!?」
もぞもぞと落ち着かなげなマモンが尋ねた。
「特に思うところはない」
「ならばァ! なぜそんな下らぬ格好をするゥ!?」
「……特に思うところはない」
猥雑なスラムに、場違いな赤はとてもよく映えていた。


text:土上椎